1974年5月14日

フランスで初めて、公的機関と民間企業が共通のビジョンと野心のもとに協力。Aderlyの創設にあたっては、リヨン商工会議所、リヨン都市共同体、リヨン・ローヌ県GIL MEDEF(仏経団連)、それに1989年にローヌ県が参加し、地域と企業向けサービスとしてのガバナンスとパートナーシップの新しいモデルを開発しました。

1978年

Aderly は、「受入れと転勤のサポート」部門を設置し、フランスで初めて「転居支援」の職務を考案しました。ここで対象となっているのは、移転企業だけでなく、プロジェクトに関わる社員をサポートするサービスです。

1983~1993年

Aderly は、経済の国際化への挑戦として、フランス地方では初めて、1983年ニューヨークに、1993年東京に事務所を開設しました。

1991年

公共機関の地方への再配置が開始され、2004年に終了しました。Aderly は、地方へ再配置された企業、例えばユーロニュース、フラマトム、欧州中央銀行の移転を支援する専門チームを組織内に創設しました。

1996年

Aderly の「受入れと転勤のサポート」チームは、G7 のタスクフォースに動員され、会議のVIP及び参加者の受入を担当しました。

1999年9月

米国政府は、リヨンとニューヨーク間の毎日就航のこの路線に許可を出しました。この交渉に深く関与したAderlyは、ニューヨーク支局の当初のメンバー4名を動員して、当路線の利点を説明しました。座席利用率は70% で、実際に需要があるにもかかわらず、この路線は、ニューヨークのケネディ空港でのプラットフォームにおけるアメリカの他都市への乗り換え便がすくなく、苦戦を強いられました。そして最終的に2001年8月、路線は廃止されました。

2000~2003年

Aderlyは、顧客関係を第一と考えています。1994年版及び2000年版のISO 9001 認定を受けているAderlyは、顧客中心主義を前面に押し出しており、当機関の国際的な信頼性を裏付けるものです。

2004年

国際学校の問題はすでに1975年に、外国企業のリヨン進出の増加に伴って提起されたことがありますが、1984年に主要な国際企業とAderly及び関係団体によって後押しされたリヨン インターナショナルスクールが開校され、メトロポールとしての国際化の新しいページがめくられました。

2007年

12の経済的パートナーを包括した、リヨンの国際的ブランド名「ONLYLYON」が誕生しました。Aderly はそのブランドの運営管理の担当を任され、2008年にその専任チームが組み込まれました。

2008年6月

リヨン-ニューヨーク線がデルタ航空により再就航され、Aderly とパートナーによりニューヨークで祝典が行われました。しかし、同線は2年後に廃止になりました。

2009年

世界的な知名度を有する企業を誘致し、欧州市場と顧客にできるだけ密着した活動を展開するために、Aderly はブリュッセルとロンドンにグランリヨンと共有の事務所を開設しました。

2012年6月

第3次産業に焦点を当てた戦略を展開するために、Aderly はパリに事務所を開設しました。

2013年

Aderly は、3年間に1 800人の雇用創出という、77年の創設以来最高の好成績を達成しました。国際投資のレベルが全国的に下落しているのに対し、リヨン及びその地方は、企業や意志決定者にとってヨーロッパで最も魅力的な都市の一つであり続けています。

2014年

Aderly は、創立40周年を迎えました!